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歴史で観る牛久沼/古代編

はじめに
牛久沼の語源
古代の概要1 
古代の概要2

竜ヶ崎の遺跡

沖餅遺跡
赤松遺跡
廻り地A遺跡
屋代A、B遺跡

つくば・中原遺跡
その一
その二
その三
その四

伊奈町・鎌田遺跡
その一
その二

茎崎・下大井遺跡 
その一
その二

牛久・蛇喰古墳

こんなところに貝塚が

平将門の乱と国香の供養塔

地殻変動が著しい先史代、人々はここに移りり住み、自らの歴史を切り開いた。地殻変動がおさまり、さらに満ち溢れた潮が引いた時、そこには大地が広がった。そして人々は狩猟・漁労だけの生活から農業を始めるようになった。農作業は集団を生み、その集団が巨大化し、己が領地を保持するための強力な権力者があらわれたとき、戦いに明け暮れる人類の歴史が始まった。大地の窪みには水が溜まり、大きな沼となった。その沼は人々の暮らしの恵みとなりながら、戦いに明け暮れる郷土の歴史を静かに見守ってきた。沼はいつの日か牛久沼と呼ばれるようになった。

参考文献、龍ヶ崎市史